東京都文京区湯島3-23-13
TEL 03-3836-1221
FAX 03-3836-5070
http://www.yonex.co.jp
Building
創 業
代表者
1958年
代表取締役会長 米山宏作
業務内容 バドミントン、テニスラケット製造
ゴルフクラブ製造
スノーボード製造
各種スポーツシューズ、ウェア製造

“毎日が創業”
一貫したチャレンジ精神はどんな時代も切り拓く

マルチナ・ヒンギス マルチナ・ナブラチロワ リチャード・クライチェク モニカ・セレス
マルチナ・ヒンギス マルチナ
・ナブラチロワ
リチャード
・クライチェク
モニカ・セレス



 バドミントン・テニスラケット、ゴルフクラブ、スノーボードのトップメーカーとして世界的に有名なヨネックス株式会社。その商品性能の高さは世界のトッププロにも厚い信頼を得ている。半世紀以上に渡り、革新的な商品を産み続けた背景には、数々の挑戦があった。その歴史と今後の展開について、社長の米山宏作氏に聞く。


photo1大きなピンチは大きなチャンス

三波豊和:まず始業時の頃をおうかがいできますか?
米山宏作:昭和21年に現会長(創業者 米山稔氏 社長の兄) が戦争から復員後、家業の木工業を継いだんです。しかし、素材の変化でそれまであった需要が全くなくなってしまったんです。
三波:そこで製造されるものを一変させたわけですね。
米山:今までの技術と新潟の盛んな林業をいかすことを考えました。そこで行き着いたものがバドミントンラケットで、製造を始めたのが昭和32年。その後、業績順調で株式会社米山製作所を設立したのが昭和33年です。
三波:しかし、そのまま順風満帆に…とはいかなかったんですよね。
米山:えぇ。昭和38年の本社工場全焼という大きなピンチがありました。『米山製作所は潰れる』という噂が広まったのですが、秀吉の城づくりのように工場を3日で建て直し、当時の最新の設備を投入をして、1週間後には出荷できたんです。その後は、『あんな危機があったのに品切れも起こさない』と逆に絶対的な信用をお客様からいただきました。従業員育成としても、ピンチを一緒に乗切ったことによりみんなで成長できたと思います。
三波:ピンチの時こそ大きな飛躍のチャンスがあるんですね。
米山:要は“お客様を裏切らない”こと。その信念さえあればピンチをチャンスに変えることは可能なんです。

photo2 素材のあくなき追求

三波:かつて御苦労なさった素材の変化については、逆に多くの素材革命を起こされてますよね。
米山:最初は厳しい競合環境があったんです。木製テニスラケットには競合に大きな会社が多く、切り込む余地がなかった。そこでアルミでテニスラケットを製造し始めたのが昭和44年です。それまではフレームが円形のラケットが主流だったのですが、スイートスポットの面積を重視した四角いラケットをつくりました。常識をくつがえす形状のためか営業先では『 変な形だ 』とことごとく断わられましてね。会長は目線を変え、そのラケットで海外市場を狙いました。
三波:いいと思ったら買うという機能重視の考え方は外国の方が強いかもしれませんね。
米山:思惑通り海外で大ヒット。一度断わられた日本の市場からもあわててのオーダーの声がありました。ゴルフ市場参入の時も、まず素材革命がありました。反撥性の高いカーボンで製造したんですが、その飛距離には正直自分たちも驚きました。
三波:カーボネックス(昭和57年発売)ですよね。私もずいぶん、ドラコンをとらせていただきました。
米山:いい意味で話題性のあることは業界全体の活性化にもつながるんです。不況を政治のせいだけにしててはいけません。
三波:今後の素材革命についてお伺いできますか?企業秘密にふれない部分で…。
米山:例えばラケットには、チタンを編み込んだ“チタンメッシュ”を使うなど、あらゆる新素材の商品にチャレンジしてゆきたいですね。ポイントとなるのは、“人に優しく、環境にも優しい”こと。今までにない、新しい付加価値のある商品をつくってゆきたいと思います。

消費者ニーズを捉えての付加価値づくり

三波:テニス界では、ナブラチロワ、伊達公子、ヒンギスを始めヨネックスの商品を使ったトッププロが次々に好成績をおさめていますね。
米山:ナブラチロワの場合、後半は彼女の落ち始めた体力をいかに補うかがテーマでした。彼女がその時も実績を残したことで、『ヨネックスならどんな希望のラケットもつくってくれる』と選手やコーチの間で評判になりましてね。最近はただ一言、“勝てるラケットを”とだけ言われます。これが一番難しい…。
三波:どんな選手も、それが一番欲しいですよね。
米山:プロに限らず、お客様の多様なニーズひとつひとつを大切にした商品を開発するのは私どものポリシーです。市場の波、競合の動きを読んで、ニーズにぴったりの商品をいつでも市場導入できる準備をしています。
三波:大変ですね。芸能界も同じです。我々、芸能人も飽きられないために、常に自分を磨かなければいけません。 2年ごとに顔を整形するなんていうわけにもいきませんから…。
米山:なるほど。でも考え方を変えれば、ニーズがハイスピードで変化するからこそ、参入できるチャンスも巡ってくるというわけです。ニーズに高い付加価値をつけて商品化する。その時、お客様は商品に満足し感動されます。お客様は実に正直ですよ。

スポーツを通しての人間育成

完成前のヨネックスC.C.に米山稔会長を訪ねて
三波:商品開発の他には、今後の展開として何をお考えですか?
米山:スポーツの良さを、もっともっと広めてゆきたいですね。毎年、有明で行なわれるテニスフェスティバルの“キッズテニス”ではたくさんの子供達の笑顔に出会えるんですよ。選手の親御さんやコーチや友だち、みんな一喜一憂してご覧になっています。しかし、対戦後はライバルとも仲良くなれる。イベント・教室開催、指導者育成、スポーツの楽しめる場所づくり…。ヨネックスとして“スポーツから生まれる絆づくり”のために、もっと色々なことをしてゆきたいですね。
三波:人と人とのつながりが希薄になりつつある時代だからこそ、スポーツの果たす役割は大きいと思います。
米山:それと、スポーツ産業はすごく恵まれていますよ。テレビ、雑誌、新聞…メディアが非常に好意的ですから。スポーツニュースの放送がない夜はありません。こんな産業は他にはないですよ。このようなメディアの中で育つ子供達のためにも、これからも夢のある商品をたくさん研究し、造ってゆきたいと思います。

社長が話される時の笑顔は、時にわが子を見守るようでもありました。商品を使うお客様をご自分の家族のように思い、ヨネックスという企業を経営し続けてこられたのではないでしょうか。これからも続く“ヨネックスの挑戦”に、私達は目が離せません。(三波)